こんにちは、ズッキーニです。
皆さん、「高学歴社会」という言葉を一度は聞いたことはあるのではないでしょうか?日常の何気ない会話でもこの言葉が出てくるぐらいに、この言葉は浸透し、日本の社会の根幹となっていると感じています。(昔はモテる男の条件として、「3K(高学歴・高収入・高身長)」という言葉があったみたいですね。)
しかし、本当に「高学歴」は必要なのでしょうか?今回は今後の社会における「高学歴」の必要性についての私なりの考えをまとめたいと思います。
高学歴が必要なタイミングとは?
そもそも「高学歴」とは何なのでしょうか?
「学歴」は読んで字のごとく、これまでの「学業上の履歴」ですよね。これが偏差値の高い高校、大学を卒業していると、「高学歴」というように言われるようになります。この「学歴」の高さ(良さ?)が人から評価されるのは多くの場合、就職活動のタイミングでしょう。企業の人があなたを評価する材料の一つとして用いられます。
私も数年前に就職活動をしましたが、この「学歴」についてはいろいろな噂を耳にしました。「○○会社は大学名でエントリーシートを見るか見ないか決めてるらしいよ」、だとか「△△会社は▢▢に会社の拠点があるからそこの近くの有名大学に入っている人は受かりやすいらしいよ」だとか、ほんとにいろいろです。まあどれも根も葉もないうわさ話ですが、火のないところには煙は立たない、ということでもしかしたら本当にこういうこともあるのかもしれません。そうすると、「高学歴」かそうでないかで企業への入りやすさが変わるので、「いい企業に入るためには「高学歴」が必要だ!」と感じる方が大半だと思います。(この考え方が、「高学歴社会」という言葉を生み出した可能性もありますね。)
高学歴を手に入れるためには?
それでは、「高学歴」になるためには何が必要でしょうか?そう、まずは勉強ですよね。その勉強方法は時間や効率、各人の考え方は様々ありますが、学生にとってどれも目的としては、「教科書の知識を得る」ことだと思います。その先に試験の点数や成績といった目に見える形となって結果が出てきます。つまり、「高学歴」を得られる人はその教科書の知識の記憶の質が周りよりも優れている、その知識をより使いこなすことができる人だと考えています。
しかしここで強調しておきたいのが、「高学歴」に必要なのはあくまでも「教科書の知識の範囲内」で、ということです。つまり、最終学歴を大学だとすると、高校まで教科書の範囲、つまり試験での出題範囲について勉強し、その範囲の質を高めることができればいい大学に入れる可能性は高くなるわけです。
先ほどもあったように「高学歴」が必要なタイミングは大体就職活動です。いい大学にさえ入ってしまえば、あとは勉強を頑張らなくても単位をとって卒業するだけで、「高学歴」が手に入り、いい企業に入れるんです。大学は出席するだけでも単位が取れたり、テストではなくレポートで評価されることも多く、高校までと違ってその場で自分の頭の中にある知識で点数が決まることは少なくなります。しかも単位をとることはそこまで大変ではないので、大学生活を遊んで暮らしていてもたいていは卒業することはできます。
つまり、少し乱暴な言い方になりますが、「高学歴」を得るためには高校までの決められた範囲内の勉強を頑張ればよいのです。社会に出るまでの4年間、ないしはそれ以上の期間遊んでいても、企業側は履歴書に書いてある「学歴」でふるいをかけてしまうのです。
高学歴の必要性
先ほどまででの書き方でお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、私自身は「高学歴」の必要性はあまり感じていません。一昔前だと大企業に入る一生安泰だから、いい大学に入って、大企業に入る、という考え方もあったようですが、昨今の状況だと大企業だから絶対につぶれない、とも限りません。また、いまでは転職に対する考え方が変わってきたり、副業を解禁している企業が増えつつある世の中に変わりつつあります。大企業に入ってその後転職し、結局普通の大学に行った学生と同じ会社で働く、となったらいよいよ「高学歴」って何だったんだろうとなりますよね。また、ネット社会となった今だからこそ、こういったブログやYoutubeといった、個人で稼ぐ方法も存在します。副業解禁でいろいろ始めてみた、という方も多いのではないでしょうか?この個人で稼ぐ方法も「高学歴」は必要ないですよね。
ですので、これから必要なことはどのように自分の生計を立てていくかを考え、実践することなのではないかと最近は感じています。
ここの生計の立て方も人それぞれで、大きく分けると企業で働くか、それ以外かになります。企業で週5で働くほうが自分にあっていると考えている方は、ある程度の学歴はあったほうが有利に働く場面は多いかと思います。企業で働かないで自分で自由な時間に働き、融通の利いた生活を送りたいという方は、「高学歴」に必要な知識よりも個人のお金の稼ぎ方について学ぶことに重きを置いたほうがいいと思います。(起業するとかも)
かといって私は「高学歴」を全面否定するわけではありません。偏差値の高い大学には、高い志をもった人もたくさんいます。そういった学生から刺激をもらい、自分を高めることができるのもいい大学に行くメリットだと考えています。どの大学でも志の高い学生入ると思いますが、偏差値の高い大学のほうが割合は大きいと思うので、そういった刺激を受けやすい環境に身を置くことができます。こういった環境欲しさに勉強に勤しむのはモチベーションの高い、素晴らしい考えの持ち主です。
また、「高学歴」は必要ではないという考えですが、最低限の「学」は必要だと考えてます。いわゆる一般常識、というやつですね。個人的に一般常識という言葉は嫌いなのですが、社会の人の知識レベルを持っておくほうがいろいろな場面で役に立つことが多いです。理想としては一般よりちょっと上の知識をつけていると自分に自信がついたり、優位に立てることも多いので、個人的にはおすすめです(笑)。
まとめ
結論、私の言いたいことをまとめると、
・今後の社会に「高学歴」自体は必要ではない。
・でも最低限の知識は身につけておこう。
です。この2点を伝えたく、文章をつらつらと書いていました。
受験に失敗してしまった学生さんも多くいらっしゃると思います。「高学歴」を逃してしまったかもしれませんが、それで人生が終わるというわけではありません。可能性は無限にありますので、自分の今後の人生、どう生きていくのが一番幸福度が得られるのか、考えるきっかけになれば幸いです。
それではっ。